【アイモバリアルグルメツアー】港区エリアと中川区エリアの名古屋名物を青空の下で食す。

こんにちは。北陸の食パンです。

西武鉄道で行われているデレマススタンプラリーもいよいよ最終章。まだ達成賞も残っているらしいので、まだやってない方ややったけどやり残したことがある方、是非とも挑戦してみてはいかがでしょうか?

こちらでも記事として特集してますので、よろしければご覧ください。

さて、今回もここんとこ連続して記事が書けている「アイモバリアルグルメツアー」。その第弐拾弐弾と第弐拾参弾の記事をお送りします。内容ですけれども、港区エリアの「天むす」と中川区エリアの「手羽先からあげ」を昼飯として買っていきたいと思います。

今回も記事構成上、二本立て構成でお送りしたいと思います。

相変わらずデレ6th名古屋向けに記事を書こうと思ったなんて言えない。(一部は取材すらしてないからどうしようもねえが)

それでは、早速本題に入りましょう。

港区エリア 隠れた名古屋名物(?)の天むすを青空の下で食す

アイモバにおける港区エリアの天むすの説明文は「エビの天ぷらが具のおむすび。小ぶりだからあっという間に食べられます。体力が少し回復します。」と書いてありました。

天むすというと名古屋というイメージがありますが・・・

実は、台湾ラーメン小倉トーストみたく名古屋で生まれたものではなかったのです。

もともとは●●県の生まれのものなんですが・・・。とある理由で名古屋名物になった経緯があります。それは、後程紐解くことにしましょう。

あとここで、一つご報告を。本来のアイモバリアルグルメツアーのルールでは、原則的に設定されたエリア内で食べるもしくは仕入れるをルールにしています。

しかし、天むすが指定されている港区エリアで購入することが不可能であったため、今回特例として近隣エリアで仕入れることとなりました。よって、特例初適用ということで念のためご報告させていただきました。

ところで、この天むすについてはツイートしてませんでしたね。ということで、もし、ツイートしてたら、おそらくこういうツイートをしていただろうという文章を即興で書いてみました。

「第●●回目は港区エリアの天むす。もともとは●●県で生まれたものですが、とある経緯により名古屋名物になってしまいました。外から見るとただのおにぎりですが、具の海老の天ぷらとおにぎりのお米がマッチしてておいしいです。」

たぶん、これでimas505iタグ・アイモバリアルグルメツアータグ、画像を添えればほぼ140文字になるんじゃないですかね。きっと。(なお、アイモバ稼働していた当時の基準なので、いまだとそれよりもっと書けるはずです)

ちなみに、●●県の部分はあえて伏させていただきました。答えばれちゃいますからね。

いつも通りのお約束ですけれども、このブログにおけるリアルグルメツアーの紹介順は相変わらずランダムなので、そこのところはよろしくです。

さて、まずは、聞いたことはあるけれど食べたことのない天むすを求めて、名古屋の地下街を彷徨いましょう。


(取材したのは2015年10月です)

時は、2015年10月。アイモバリアルグルメツアーの取材を一気にやってしまおうと思い、名古屋遠征を計画。

朝に名古屋に到着し、千早交差点周辺を散策したり、リニア鉄道館を見学したりなどして過ごし、お昼時に名古屋駅に戻ったついでに昼飯を調達することにした。

当時、名古屋を放浪していたときの様子はこちらに掲載しているので、合わせてご覧頂ければ幸いである。

というわけで、名古屋のエスカ地下街にある天むすの元祖『千寿天むす』の店にやってきました。

せっかくですから元祖の天むすをいただきたいということで、早速5個入りの天むすを購入します。

そして、太閤通口のところへ上がって、青空昼食といきましょうw

太閤通口の近くで早速食べたいと思います。

若草色の包み紙にある「元祖めいふつ天むす」がそそりますねって、あれ?

よく見ると「津」って書いてあるー?

ここでお気づきの方もいるかもしれませんが、実は天むすは名古屋で生まれたのではなく、津で生まれたものだったんです。つまり、三重県出身の食べ物なんですね。

ここで、天むすの誕生のお話とどうして、名古屋名物となってしまったのかをちょっと解説したいと思います。

まず天むすの誕生話から。もともと、天むすは昭和三十年代初めに天ぷら定食のお店をしていた店主(「千寿」の水谷ヨネ氏)の夫に、せめて夫には栄養のあるものをと、車エビの天ぷらを切っておむすびの中に入れ出したところ「意外とおいしい」と喜んだそうです。いろいろと苦労を重ね味付け法を生み出し、今日の天むすが誕生しました。

その後、賄い料理として、その後常連客向けの裏メニューを経て、世に出ることとなりました。

次に、名古屋名物になった契機としての話をします。

愛知県名古屋市中区の藤森時計店が不景気のあおりを受け廃業し、その時計店の妻である藤森晶子氏は、津で食べた天むすの味を思い出し、これを商売に出来ないものかと思いたち、店まで出向いたそうです。店で天むすの作り方を伝授してほしいと願い出たものの断られてしまいました。

しかし、藤森晶子氏はあきらめずに水谷ヨネ氏の自宅まで通い、交渉に交渉を重ねた結果、根負けした水谷夫妻から、天むすを世間に広めないことを条件に、作り方の伝授と暖簾分けの承諾を得たそうです。

暖簾分けした後、1981年に名古屋の「千寿」として開店した当時は、営業的に大苦戦を強いられていました。しかし、翌年に地元のマスコミに取り上げられたときに大ヒットし、さらに当時名古屋をもう一つの活動拠点としていた笑福亭鶴瓶氏が次の現場へ移動する際の手土産として名古屋の「千寿」の天むすを大量に買って持ち込んだ結果、名古屋名物としての知名度をあげたのでした。

結局、マスコミに取り上げられかつ全国的に知名度が上がってしまったことから、当初藤森が交わした水谷夫妻との約束は半ば反故された形にはなってしまった。けれども、津と名古屋の「千寿」は全国展開をしていないことだけが唯一の約束が続いてるものと思っていいのかもしれない・・・。多分ね。

なお、津の「千寿」も名古屋の「千寿」も、当初は正統な暖簾分けの関係であったため、現在でも「めいふつ天むす 千寿」を名乗り、店舗看板や包装紙に示される店名ロゴも非常に似ているものが使用されている。ただし、差異を明らかにするため、津の「千寿」のロゴには「元祖」の文字が付されており、津の「千寿」は若草色の包装紙(写真)に対し、名古屋の「千寿」は茶色の包装紙を使用しているそうです。

天むすもこういう深い話があるわけですね。調べてみて驚きでした。

そういえば、写真の下に見える靴はいまだに履いてますねw さすがにぼろくなったので職場の行き帰りくらいしかはかなくなりましたが・・・(たまに間違って外出用にはいてしまうこともあったりはするw)

さて、包み紙を解いて、アルミホイルを開けると天むすが5個入っています。

実は、天むすには大きく分けて2つのタイプがあり・・・

  • 「千寿」のような具の天ぷらがおにぎりの中に入っていて外から見えないタイプ
  • 名古屋以外にも天むすを展開している名古屋の「地雷也」のようにおにぎりの上部に具の天ぷらが見えているタイプ

があり、一般的には「地雷也」のタイプが、天むすとして認知されているようです。

この「千寿」の天むすは、エビ天が塩味で形はおにぎり全体が大きめなのに対し、地雷也」などはえび天が醤油ベースの味付けでおにぎりの全体サイズも1口サイズになっているという差異があるみたいです。

本来ならば、食べかけの写真をあげるのはご法度なんですが、「千寿」の天むすの証ということでなにとぞご容赦を・・・

「千寿」の天むすの特徴である具の天ぷらがおにぎりの中に入っているのがおわかりいただけるだろうか?

天むすの海老の天ぷらについては、主に尾を取ったアカシャエビ(サルエビ)の天ぷらが使用されているそうです。昔は尾を付けたまま揚げてたそうですがね。

ちなみに、米・海苔・天ぷらを揚げる油にもそれぞれこだわりがあるようです。

天ぷらの塩味と米がマッチしてておいしかったですわ。なんだか癖になる味で余裕で5個平らげました。

天むすを買った時についてくる説明書きです。前述に説明した通りのことがかかれています。

というわけで、港区エリアの天むすについてはこれにて終わりです。はい。


中川区エリア 思わずビールも飲みたくなる酒肴的位置の手羽先からあげを食す

アイモバにおける中川区エリアの手羽先からあげの説明文は「名古屋でよく食べられる手羽先からあげ。パリパリとした食感です。体力が少し回復します。」と書いてありました。

手羽先からあげ自体は全国で食べられてますが、とりわけ名古屋を中心とした中京圏で多く食べられますね。もともと名古屋で生まれたというのもありますけれども。

実は、わいも昔から手羽先からあげが好きで、今でも手羽先からあげが出ると好んで食べます。酒のつまみにもなるので本当に最高であります。

しかし、この手羽先からあげについてはツイートしてませんでしたね。ということで、もし、ツイートしてたら、おそらくこういうツイートをしていただろうという文章を即興で書いてみました。

「第●●回目は中川区エリアの手羽先からあげ。名古屋のとある店の名物を仕入れるときにヒントを得て、手羽先からあげを提供したところ大ヒットしました。パリパリとした食感とスパイスの効いた味は、思わずビールとともにいただきたい逸品です。」

たぶん、これでimas505iタグ・アイモバリアルグルメツアータグ、画像を添えればほぼ140文字になるんじゃないですかね。きっと。(なお、アイモバ稼働していた当時の基準なので、いまだとそれよりもっと書けるはずです)

いつも通りのお約束ですけれども、このブログにおけるリアルグルメツアーの紹介順は相変わらずランダムなので、そこのところはよろしくです。

さて、名古屋の酒肴である手羽先からあげ買いますか。もろもろの都合で酒は買わなかったけど・・・。


(取材したのは2015年10月です)

当時の状況的に、さきほどの天むすと同じくだりなので、あらすじは省略します。

今回は、手羽先からあげの元祖である「風来坊」というところで、手羽先からあげを仕入れに行きました。

手羽先からあげの元祖ではありますが、もともと「風来坊」は、鶏の半身をまるごと使ったから揚げに秘伝のタレで調味する「ターザン焼き」が有名でした。

その秘伝のタレについては、納得できる味を求めてどこへでも行き、研究を重ねていって作られたそうです。

名古屋に「風来坊」を構えてからのある日、当時の店主であった大坪健庫氏が仕入先に出向き、そこに山のように積まれている「手羽先」を見ました。当時の手羽先は出汁を取るためだけに使われていました。そこで大坪氏は、ターザン焼きで培った技術を手羽先にも活かし、手羽先をから揚げにしてターザン焼きのタレを付けることを思い付き、メニューに出したところ大ヒットしたといいます。

ターザン焼きは高くて手が出せないが、手羽先からあげなら手が出せるといった層に特に人気を博し、瞬く間に一番の人気メニューとなったそうです。

それでは、テイクアウトで手羽先からあげを買いまして、名古屋駅の太閤通口前までやってきました。

テイクアウト用の箱には、元祖手羽先唐揚と書いてあります。

では、箱を開けて青空昼食といきましょう。

箱を開けました。手羽先からあげが5本入ってます。

これを見るだけでもビールとともにいただきたいのですが、当時は諸事情によりこの段階で酒を飲むのはやめておきました。この後の行程に響きますからね。

手羽先からあげは、鶏の手羽先(羽先)をから揚げにしてタレを塗り、塩・胡椒・白ごまなどを振りかけて仕上げる。パリパリとした食感とスパイスの効いた味が特徴となっています。

見るだけでもおいしそうに見えます。はい。食べてみるともっとおいしいです。パリパリとした食感とスパイスの効いた味がとても病みつきになるのです。

手羽先からあげのアップです。風来坊の手羽先からあげは、部位として手羽先と呼ばれる中でも、手羽中を唐揚げにしているようです。これは風来坊ならではのこだわりがあるようです。

ちなみに、風来坊によると手羽先からあげをきれいに食べるには4種類のきれいな食べ方があるようです。わいは、ついついかぶりついてしまうのですけれども、それは美しい食べ方ではないとだけお伝えしておきます。

詳しくは、こちらに載ってますのでご参考になさってはいかがでしょうか?

今回は元祖の風来坊を紹介しましたが、世間的には「世界の山ちゃん」の手羽先のほうが有名のようです。ちなみに、どちらも全国展開はしてます。はい。


ということで、「アイモバリアルグルメツアー」第弐拾弐回目:港区エリアの「天むす」と第弐拾参回目:中川区エリアの「手羽先からあげ」のレポートをお伝えしました。

どちらも名古屋飯の中では手軽に食べられるところがありがたいですね。ある意味名古屋版ファストフードみたいなものですけれども、おいしさはそこらのファストフードとは段違いのおいしさでございました。

デレ6th名古屋公演に行かれる方で、昼食を取る時間が惜しい方は、「天むす」や「手羽先からあげ」を買って本番前に腹を満たしてみてはいかがでしょうか?

さて、次回のアイモバリアルグルメツアーは名古屋駅エリアと熱田エリアのアイテムを取り上げたいと思います。次も二本立て構成でお送りしたいと思います。1つだとネタが薄いから二本立てにしようとしたなんて言えない。

ちなみに、名古屋系のアイモバリアルグルメツアーシリーズは次回で終わりです。

あまり過度な期待はなさらずにお待ちくださいね。


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