【上信電鉄】「SEIBU801F&JOSHIN153F 50TH ANNIVERSARY TRAIN ~上信153編成(元西武801編成)製造50周年記念列車~」運行当日のレポート

こんにちは。北陸の食パンです。

春分の日前後は寒い日々が続きましたが、その後一気にあったかくなったせいか、都内や家の周辺でも桜が咲き誇っていましたね。今年はちょっと早い開花ということで、4月に入ってから散り始めるのではという予想も出ております。

今がちょうどお花見の季節なんですけど、人生で一度もお花見したことない奴です。はい。

さて、今回は以前より告知しておりました上信電鉄での貸切列車イベント【SEIBU801F&JOSHIN153F 50TH ANNIVERSARY TRAIN ~上信153編成(元西武801編成)製造50周年記念列車~】の当日の様子をレポートさせていただきます。


2018年3月24日土曜日、構想半年をかけて練った上信電鉄の貸切列車イベントがついに本番を迎えた。

本番を前に勉強会や幹事が集まった準備作業などを経て、そして一度は危ぶまれた開催中止の危機を乗り越えて当日を迎えることとなった。

当日は、家を4:30過ぎに出て各所で幹事メンバーを拾い、8:30前に高崎に到着。

高速で渋滞につかまったり、前方を走っていた車が事故っていたりするなどのハプニングもあったが、無事に上信電鉄本社にたどり着くことができた。

到着後、すぐに荷卸しをし、最終の打ち合わせを開始する。本来ならば、本番前に一度上信電鉄本社に足を運ぶべきであったが、諸般の事情で足を運ぶことができず、当日を迎えてしまった。

しかし、それが仇となるのは、このときは知る由もなかった・・・。

貸切列車の幹事特権ともいえる、上信電鉄本社2階からのトレインビュー。

上信電鉄の車両はもちろんJRの車両も望むことができる。

奇しくも手前側に元西武車の150形と500形が並び、奥側にJRから譲渡された107系電車が並んでいる。

ある意味西武とJRが対峙しているかのようにも見えましたw

特に150形に関しては、譲渡された107系電車に追い出されるであろう運命ですからね。

(この写真は幹事特権および上信電鉄様の軌道内立ち入り規定のもとに従って撮影)

ということで、準備の間にちょちょいと撮影したものがこちら。

左側が今回使う元西武801系の150形第二編成、右側が元西武401系のの150形第一編成である。

冗談で(冗談とは言っていない)上信電鉄様に「できれば高崎の車庫で150形の第一編成を並べてくれれば助かります~。」なんて言ったんですけど、現地に到着した瞬間。

う そ だ ろ

って思いましたね。本当に。まさか、本当に並べてくれるなんて思っていなかったんですもの。

準備している傍らではありますけれども、本当にテンションが上がりました。

希望通りにしていただくために、上信電鉄様もうまいこと運用を調整していただいたものと思われます。本当に感謝感謝の雨あられです。

この時点でいつもなら例の伝統芸能を披露するんですけれども、純鉄道界隈の方も見ていらっしゃるので、今回は自粛します。はい。

(この写真は幹事特権および上信電鉄様の軌道内立ち入り規定のもとに従って撮影)

往路の仕様にしたもの(とここでは考えていた)を撮影してみた図がこちら。(若干ボケてしまった・・・)

ふーたろ君作成の50周年種別板(元はくめがわ電車図書館開館50周年を記念にして作られたもの)とわいがデザインした50周年ヘッドマークを合わせるとなかなか様になりますねー。

しかし、ここで一つ悲報が・・・。

走行中のヘッドマーク装着はご遠慮願いたい

とのお知らせが・・・。

こちらとしても、固定のために紐とか結束バンドは持ってきていたので、少し粘ってみたものの、走行中のヘッドマーク装着は結局断念することに。

腑に落ちない点があるといえばあるのですが、無用なことで駄々をこねるわけにもいきません。ましてや、準備の時間は限られていますので・・・。

そして、車内の掲示物の準備を終え、作成した幕の挿入を試みるが、ここでも悲報が・・・。

作成した幕が入らない

これは想定外でした。隙間を利用して、するりと入っていく姿をイメージしていましたが、幕の中の構造物が邪魔をして、そのイメージ通りにはいきませんでした。

乗務していただく車掌さん(以前の勉強会でも乗務されているので、一応知り合いのカテゴリーには入ります)にも手伝っていただきましたが、それでもだめでした。

さらに、方向幕が劣化していることもあり、下手にいじると破れるというリスクもあることから、結局幕を入れることについても断念する羽目になりました。

なお、これは余談ですが、行程の途中で師匠にも手伝ってもらったものの、それでもお手上げでした・・・。

これに関していえば・・・

現地に赴いて事前の下見をしておくべきだった。

これにつきます。下見していれば、何らかの対策は講じれたはずですから・・・。

ときに楽観視は、仇となることがありますが、まさにこれですね。これは反省点の一つといってもいいと思います。

この時すでに二大絶望の宣告を下されてはいますが、その間にも参加者は集まってきているので、手を休めることはできません。

できる限りの準備をして、受付も開始し、時折受付の手伝いもしつつ、団体臨時電車発車15分前に乗車するホームへと移動。

そして、団体臨時電車の入線を待ちます。

そして、団体臨時電車の入線。幹事の一人であるふーたろ君が作った回送種別板を掲出しての入線である。

わいは今回幹事側というのもあって、監視もかねて遠くからの撮影となったので、こんな感じとなったがご容赦いただければ。

後ろからですけど、撮影している参加者の後ろ姿も撮らせていただきました。

そして、発車まで監視および乗務員室のマイクを握って案内放送などをしてたので、結構ドタバタであった。

10:32に定刻通り発車。発車後すぐにマイクを握ってのご挨拶や案内放送・幹事一同の挨拶などをした。結構長い間マイクを握っていたので、右手がちょっと疲れてしまったが、なんとか長い放送をこなすことができた。

仕事柄放送は経験あるのだが、かなり長い時間放送するのは初めてで思った以上に疲れてしまったw

その後は、車内を巡回したり、乗務員室にひきこもってたりしてた。そして、師匠に記念写真を撮ってもらったりしてた。

そうこうしているうちに、電車はとある駅に到着した。

上州福島にて十数分の停車。ここで、種別板を変えるだけではあるがミニ撮影会が実施された。

ここでも、監視の傍らちょこまか写真を撮影した。

そして、種別板が快速急行を模した「祝10周年」というものになっていた。

えっ? タイトルは【SEIBU801F&JOSHIN153F 50TH ANNIVERSARY TRAIN ~上信153編成(元西武801編成)製造50周年記念列車~】じゃないの? って思われたみなさん。後で種明かしはしますので、しばしお待ちあれ。

構内踏切からの正面顔を撮ってみた図。

やっぱり元西武車両はかっこいい。

そして、車掌さんから紹介された保守用車。普段は下仁田か高崎に常駐していることが多く、上州福島にいるのはかなり珍しいとのことである。

そして、影ってしまってはいるが、下仁田側の先頭車も撮影。本来はヘッドマーク装着しながらの走行であったが、前述の通りの事情で断念せざるを得なかった。

ダブルパンタを上げている姿もなかなかかっこいい。

そして、こっちはやはり快速急行を模した「祝 50th Anniversary」の種別板を掲出している。てか、さっき説明したよねw

さて、ここでさっきの10周年種別板の正体を明かしたい。

これは、今回の団体貸切列車の企画に参加しており、かつ宣伝のほうまでしていただいたフォロワーのTOMOさんの所有物である。

ちなみに、2014年の秋にTOMOさんのブログの開設10周年を記念して団体貸切列車を走らせる際に作られたもので、その団体貸切列車に使用された車両が、実は今回使用している車両とまったく一緒であった。なお、当時諸般の事情により高崎方の車両に当該種別板をつけられなかった事情から、今回ようやく実現に至ったのだそう。

まさか、こんなところで以前やった団体貸切列車でできなかったことが実現できるなんて思ってもいなかった次第である。

上州福島停車中の車内の一コマ。下仁田側には、弁当などが食べられるように一部テーブルスペースを設けた。

そして、作った「臨時」幕が、実際の幕に挿入できず、寂しく放置されていたw

ちなみに、この編成はシートモケットが朱色系で統一されており、まるでかつて西武鉄道で走っていた101系191編成を思い出させるような感じになっていた。(西武時代は茶色だった)

そして、上州福島で披露されたふーたろ君作の創作種別板「拝島快速」を掲げた姿を撮影。

その後、電車に乗りこんで案内などをした。

上州福島発車後は、放送によるもろもろのご案内をした後ほどなくして次の停車駅である上州富岡に到着する。

ここで、弁当注文者に対して、弁当の引き渡しをした。まずは、わいも引き渡しの手伝いをした。

上州富岡でも20分ほどの停車時間を利用してミニ撮影会を実施。

上州福島ではかけられなかったヘッドマークもここで停車中の間だけではあるがかけられた。

掲出されているヘッドマーク「急行 奥武蔵」は、幹事の一人であるえふえす君の所有物である。

そして、改札外で祭囃子の音が聞こえたので外に出てみると、なんと山車がいるではありませんか。

まるで、わいたちご一行を歓迎しているかのよう。

実際のところは、この日に富岡市役所の新庁舎が落成したらしく、それを記念してイベントが行われており、その一環で駅周辺などを山車が巡回しているようであった。

何も知らなきゃそりゃ驚きますってw

それでも、貸切列車の無事運行記念ということで、祭囃子の歓迎ムードに勝手に便乗させていただきましょうw

上州富岡では、上下定期列車をやり過ごすため、駅舎側のホームに停車することとなった。

撮影も合間合間にしてはいるが、ここでは上下定期列車がくる関係上、特に監視に関しては注意を払った。上信電鉄の社員さんとともにわいも監視・誘導にあたる。

そして、構内踏切が下り、下り定期列車に道を譲る。ベテラン駅員が手をあげているところを狙って撮影した。

写真に写っている電車は、上信電鉄6000形電車で日野自動車の広告車両になっている電車である。この電車の製造自体は新潟鐵工所製なので、製造時においては特に日野自動車工業とは何もかかわりはない。

なお、この6000系電車は1編成しか存在せず、極めてレアな存在ともいえる。

実は、1984年の赤津信号所において正面衝突事故を起こした当該車だというのはここだけの話にしておく。もう片方は元西武451系の100形で、そちらは事故後廃車となった。

一方の上り列車は、元西武101系の500形電車(第二編成)で、沿線に存在するマンナンライフ(蒟蒻畑で有名)の広告車となっている。

上州富岡での停車時間は数字上は長く感じても、実際の体感時間は短く、意外と余裕がなかったような印象を受けた。参加者側だったらまた違ったのだろうが。

実は、上州富岡での停車時間を使い、高崎側の車両はある仕様に施していた。それは・・・

貫通扉を結束バンドで閉鎖し、奥の車両(高崎方)には行けないようになっている。

そして、奥の車両の車内に何やら三脚やいろいろな機械がおいてあるが、これはいったい?

そう。上州富岡~南蛇井間において、高崎側の車両を「録音専用車」として締切していたのだ。

上州富岡での停車時間を使って、希望者が録音機材をセットして、上州富岡~南蛇井間の走行音を録音してもらうイベントを実施したのである。

ちなみに、「録音専用車」の表示は、首都圏各線で見る「女性専用車」を模した表示をわいが作成して掲出。ちなみに、英字の部分(Recording Only)は実際の「女性専用車の英字部分(Women Only)」と一緒のフォントを使用するという無駄なこだわりを入れてみた次第である。

実際どれだけの参加者が気づいたかは知らん。

南蛇井で、「録音専用車」の運用を終了し、下仁田到着前に、下仁田で行う予定のイベントであるドア操作体験のことについて車掌さんに聞いたときに第三の悲報を聞くことになる。それは・・・

ドア操作体験はもうやってない

のだそう。慌てて、下仁田到着前にお詫び放送を入れるわいであった。

そもそも、どうして中止となったかわからない参加者様向けに改めて説明すると・・・

前に学生さんたち(しかも聞くところによると交通系の短大らしい)が、ふざけてわざと人を戸挟さみするわ、その様子を見ていたOBたちも止めに入らなかったわで散々なことをしてくれた(けがをする可能性がある)らしく、それが原因で、上信電鉄の社内で問題になり、やらなくなったそうである。

打ち合わせ時点でNOとは聞かされてなかったので、てっきりできるもんだと思っていたわい。これは、非常に残念な結果となってしまった。まあ、事情が事情だし、上信電鉄様に下らんことで駄々こねるわけにもいかないのではあるが・・・。(ましてや、車掌さんが知ってる人だからなおさら迷惑はかけられない)

うーん。下仁田での停車時間中どうするべ・・・。

そうこうしているうちに終点下仁田に到着。そういえば、150形の第三編成(元西武701系)を高崎や往路走行中に見かけなかったよね? まさか、まさか・・・(ザワ・・・ ザワ・・・)

な ん と い う こ と で し ょ う

そして

う そ だ ろ

そのまさかが、こんな形で実際に見れてしまうとは・・・

なんとっ! 下仁田の到着ホームの隣の留置線に150形の第三編成が留置されているではありませんか。

ただでさえ、高崎で神ってる並びを見たのに、この下仁田でも神ってる並びを見られるとは・・・。上信電鉄様本当に・・・

神 っ て る

語彙力がアレですけど、本当にそういう感想しか出ませんでしたよ。ええ。

いやはや、この日のためにここまでやってくれた上信電鉄様には本当に大感謝の雨あられであります。

いや、まだ終わってはないけどさ。

ということで、下仁田到着後再び例のヘッドマークを装着して、撮影モードに切り替える。

やっぱり、走行中もこの姿で走ってほしかったのが本音ですが、無用なトラブルを起こすわけにはいきませんので、致し方ありません。

そして、ヘッドマークのアップがこちら。

わいが丹精込めて作ったオリジナルのヘッドマークである。赤電色をベース(ただし出力の関係上、どちらも赤味が強いかもしれません)に、西武黄電時代と現在の上信電鉄時代の塗装を半々にした電車のデザインを起こしました。

そして、文字のフォントも目立つようにこだわったつもりです。

しかしながら、予算削減のため、ところどころ見栄えがよくなかったりしますが、そこは勘弁してね。

ちなみに、このヘッドマークはこの日のために一日だけ披露され、のちにこのヘッドマークは幻と消えました。というのも、ヘッドマーク本体が借り物ですので、そのままにしておくわけにもいかなかったのです。

剥がす過程の様子をツイートしたところ、参加者の一部からヘッドマークデザインに関するおほめの言葉とヘッドマークのデザインをはがすことを残念がる言葉両方ともいただきました。

いやはや、リプライ送っていただいたみなさん、この場ではありますが、本当にありがとうございました。

ヘッドマーク制作の過程で両面テープや保護フィルムを大量に使った関係上、やっぱりきれいにはがすのは無理でしたので、後日余裕ができたらアクリル板かなんか買って、またお金かけて印刷して家の中にでも飾っておきましょうかね。(何か機会があれば持参するつもりです。ただ、いつ実現するかはわかりませんがね)

そして、幹事の一人であるえふえす君所有の小型準急種別板をつけた様子を一枚撮影。実際につけてるのを見るのは初めてで新鮮味を感じました。

そして、ヘッドマークが、なんか変わってる!?

そして、こちらがヘッドマークのアップ。

かつて西武9000系の貫通扉についていたステッカーをベースに、今回の団体貸切列車に合わせて、とある参加者が制作したものだそうです。

車内で、「この日のためにヘッドマーク作ってきたんですけど、後で取り付けてもいいですか?」って聞かれたものですから、もちろん快諾したわけですが、これはいろいろな意味で度肝を抜かれましたw

これはあくまで仮想なんですけど・・・

もし、801系がVVVFインバーター車になってたらどんな音を出してたんでしょうね。

いつの間にか隣の第三編成もパンタを上げたので、並びを撮る。

西武のワンマン種別板をつけた第二編成と、上信電鉄標準のワンマン表示を出す第三編成。

西武のワンマン種別板はでかいからとにかく目立ちますな。

そして、第二編成には急行 奥武蔵のヘッドマークがついて・・・。

ん? なんか種別板のところが変だぞ?

なんということでしょう。

ぐでたま種別板が爆誕してるではないか!

今、西武鉄道では話題のぐでたま電車が走ってますけど、まさかここでもこんな形でぐでたまが現れるなんて誰が想像しただろうか?

実はこれ、幹事の一人であるえふえす君が制作したお絵かきができる種別板で、参加者のアイディアにより実現したものとなっている。

今回の貸切列車の参加者さんはある意味レベル高くないっすか?(褒め言葉)

いいぞもっとやれって思ったのはここだけの話ですw

ちなみに、帰りにこれつけながら走行する案も上がりましたが、車掌さんに却下されて実現できませんでした。(チカタナイネ)

車内に誰もいない高崎方車内を撮影。西武電車の車内といったらやっぱりこれでしょ(老害感)

そして、中吊り広告にご注目ください。何かおかしなところがありますよね? わかりましたか?

(画像をクリックすると拡大します。それでどういうことかわかると思います。)

あれぇ~? なんで、西武のトレインフェスティバルの中吊り広告飾られてるのw

ということで、わいがしれっと(?)細かすぎて気づかない(?)仕掛けをさせていただきました。

自室に長年眠っていた西武トレインフェスティバルの過去中吊りを引っ張り出してきて、「せっかくなら貸切列車内で中吊りにしちゃう?」ということでやりました。

実際どれだけの参加者が気づいてくれたでしょうかね。

広告自体は、801系引退後のものですので、実際に801系が活躍していたころのものはありませんが、この中で唯一「赤電スペシャルウィーク」に掲載されている車両が実は801系電車というオチです。何も関係ないように見せかけて実はフラグ回収してるのですよ。ええ。

なお、中吊り広告にすると、留め具を閉めた際に、広告に穴があくシステム(留め具の中に太い画びょうのようなものがついている)になっており、結果的に飾られた4つの広告に穴があいてしまいましたけれども、おそらく売ることはないでしょうし、ある意味営業列車に使われた勲章として永久に残ることになるでしょう。

これらは、過去のトレインフェスティバルか武蔵丘検修場のイベントで入手したもので、元はというと画びょうの跡などがない予備品として放出されたものと思われます。

そして、貸切列車復路発車を前に、元西武101系の500形(左に写っている赤い電車)が入線して、隣に引上げ、第二編成の隣にいた第三編成が入換を経て、上り列車に充当されました。

その入線シーンを撮影したのがこちら。勉強のために乗ったネギ列車の日とまったく同じ運用でした。

第三編成の後を追うように、復路の貸切列車も出発しました。下仁田の1時間半強の停車時間も意外とあっという間に過ぎてしまいました・・・。

帰りの車中に並べられた種別板たち。本物から創作品まで多数並べられてます。

帰りは高崎までドアを開けない代わりに、途中10分弱停車する唯一の駅である上州富岡駅で運転台公開を実施しました。

わいの場合は、主催側というのもありいつでも撮れたのですがね。

窓上の部分もいろいろな機械がくっついている。

しかしながら、方向幕の落書きみたいなやつが気になって仕方がなかったw

下仁田から1時間ちょっとで、そうこうしているうちに、高崎に到着。

わざわざ駅事務室から上信電鉄本社前まで誘導をしてくれた女性の駅員さんに見送られた後、余興の撮影会を実施。

撮影会担当はふーたろ君に任せて、わいを含む3名(わい以外はきゅーだいてん君・えふえす君)は片付けに追われました。

車内の片づけが済んだところでようやく撮影会のほうにちょこっとだけ顔出し。

第一編成は朝と同じ位置にいました。朝過ぎたら動くのではないかと思ってましたが、いてくれてよかったです。

(この写真は幹事特権および上信電鉄様の軌道内立ち入り規定のもとに従って撮影)

朝と同じく、第二編成と第一編成の並びを撮りました。

つぎの機会があるなら、第一編成借りてやりたいっすな。(なお、次やろうと決めたときに生き残ってる保障はない)

そして、横からのアングルがこちら。

150形全種そろい踏みです。普段でしたらこのような風景はよっぽど運がよくないと拝めないでしょう。

それにしても、この日のために運用を調整してくれた上信電鉄様には感謝感謝の雨あられであります。

15:30ぐらいに撮影会は終了し、一部の参加者は検査庫に入る第二編成を見送られる方もいらっしゃいました。

16:30くらいには参加者全員が撤収し、幹事一行も撤収しました。


というわけで、一度は開催が危ぶまれた当方主催の上信電鉄での貸切列車イベント【SEIBU801F&JOSHIN153F 50TH ANNIVERSARY TRAIN ~上信153編成(元西武801編成)製造50周年記念列車~】が無事に終了しました。

当初の予定と大幅に狂う案件や予期しなかったトラブルもそこそこあり、不安を抱えながらもどうにかしてこの日を無事に遂行しようと必死こいてやっていたのもあり、参加者一人ひとりにご挨拶が行き届かなかった点に関しては心よりお詫び申し上げます。

当初の構想の6割ぐらいしか出せなかったものの、参加者のみなさんも楽しんでいただけたようで何よりであります。

というよりむしろ楽しみ方を知っている参加者の方が多くいてくれたからこそ、今回の貸切列車は結果的に成功したというのもあったかもしれません。本当にありがとうございました。

また、この場で恐縮ですが、上信電鉄様にもこの日のためにいろいろと調整していただきましたこと心より御礼申し上げます。

次回があるかどうかはまだわかりませんが、もし次回やるときは今回の貸切列車にご参加いただきました皆様を優先的にご案内させていただきたく存じます。よろしくお願いいたします。

以上、【SEIBU801F&JOSHIN153F 50TH ANNIVERSARY TRAIN ~上信153編成(元西武801編成)製造50周年記念列車~】当日の模様でした。


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