西武鉄道銀河鉄道999デザイン電車誕生今昔物語~初代と2代目の比較~

こんにちは。北陸の食パンです。

今回は旬のネタかつ久々の純粋鉄道ネタということで・・・。

わが地元に2年弱ぶりに銀河鉄道999デザイン電車が復活したということで、その話題をお伝えしつつ、初代の登場時のときの様子も振り返っていきたいと思います。

わい自身、アイマスが好き(強いて言うなら、アイマスの如月千早が好き)なイメージが強い(事実だけどw)が、ほかにも今回の銀河鉄道999とかルパン三世とか好きなんですよw

銀河鉄道999デザイン電車、ついに復活

2009年5月に走り始めて、2014年12月に3000系引退に伴い、運行を終了した銀河鉄道999デザイン電車。

5年半以上もの間走り続けた同車は、沿線内外問わず根強い人気があったものの、3000系自体が、昔の池袋線標準仕様であった3ドア車であるがゆえに、通勤車両をできるだけ4ドアにしたかった西武鉄道にとっては、使い勝手の悪い列車ということには変わりなく、結局引退、廃車という選択をすることとなった。

そもそも、種車自体が、引退当時ほぼ30年選手だったこともあり、老朽化も相まって引退させざるを得なかったというのが実情でもある。

そして、初代銀河鉄道999デザイン電車が引退した翌年に、20000系電車で「銀河鉄道999デザイン電車を復活させよう」という会議が関係各所でなされていたが、宣言通り(?)、本当に20000系電車をラッピングして2代目の銀河鉄道999デザイン電車が誕生したのであった。

今回の銀河鉄道999デザイン電車の種車が、この20000系20058編成である。銀河鉄道999デザイン電車となる1週間前に撮影したものだ。

20000系自体の解説自体は、ここでは省略するが、この種車についての解説をちょっとだけさせていただこう。

この車両は、2006年に日立製作所下松工場にて製造され、同年西武鉄道で走り始めている。営業運転開始当初は新宿線系統で走っていたが、後年に、30000系と入れ替わる形で、池袋線系統に転属している。今年で、営業運転開始からから10年経っている。

ちなみに、20058編成は、20000系8両編成のラストナンバー車となっている。

一応、参考までに西武鉄道公式のプレスリリースのリンクをはっておくので、興味があれば、見てみてほしい。

2016年10月8日(土)より 「銀河鉄道999デザイン電車」が新しいデザインで運行を再開 運行初日に「出発式」などイベントを開催


さて、これから、2代目銀河鉄道999デザイン電車のデビュー時の様子をご覧頂こう。

撮影日:すべて2016年10月8日

10:30前に小手指車両基地から出庫してきた銀河鉄道999デザイン電車。iPadでの撮影なので、入換信号機とかが写ってしまったが、そこはご容赦いただければと思う。

なお、奇しくも鉄ヲタはほかにおらず、撮ってたのはわいだけという始末であったw

おかげさまで、存分に見させていただきましたけどw

ちなみに、小手指入線時点では、周りの客もあまり見ていなかったような気がした。

前回の3000系では青ベース(後述参照)だったが、今回は緑ベースになっている。

これは、沿線である練馬区が、東京23区内で一番緑が多い(事実畑も普通にある)ということで、「YoriDoriMidori練馬」プロジェクトにより開発された練馬区オリジナル色の「NERIMA GREEN」をベースにしている。

今の西武の車両には緑ベースの車両はこれ以外にないので、ある意味目立つのではと思った次第である。

ちなみに、今回の銀河鉄道999デザイン電車に描かれているキャラクターについては、初代の999メインキャラクターはもちろん描かれているほか、関連作品で出てくるキャプテン・ハーロック、エメラルダス、千年女王などのキャラクターも描かれており、バラエティーに富んだデザインとなった。

まずは、飯能・西武新宿方の先頭車を撮影する。初代と同じく、車掌がデザインされているが、初代銀河鉄道999デザイン電車との違いとしては、帽章部分が原作に忠実になっている点があげられる。あとは、スカートの色は種車の地色のままとなっているところだろうか。

ちなみに、初代の銀河鉄道999デザイン電車の帽章は、西武鉄道のものであった(後述)。

さらに、乗務員室後ろにあるロゴマークが旧式から新しいものに変わっている。余談だが、旧式と新しいものの違いは、ロゴ下の表記が「SEIBU」から「西武鉄道」に変わっただけのことであるのだが・・・。

続いて、池袋・本川越方の先頭車を撮影する。初代と同じく、メーテルが描かれている。なお、初代とは細かいところのデザインが異なっているようだ。

こちらも、スカートの色は種車の地色のままである。

この撮影が終わった後、先行電車に乗って、石神井公園乗換で、練馬に行く。

なお、中村橋で銀河鉄道999デザイン電車が、乗っていた列車を追い越していった。

練馬に到着後、豊島園へと向かい、豊島園についた後、出発式会場前に陣取った。

司会者と練馬駅管区副管区長などが見守る中、11:35前に豊島園に銀河鉄道999デザイン電車が入線した。

大雨の中での入線であった。

今回降雨の影響もあり、出発式会場は、1番ホーム側の屋根の端(3号車付近)付近にセッティングされた。

自販機を緑色の養生シートで覆って、大泉学園駅名誉駅長である車掌が横に設置された。

出発式前から雨足がかなり強まってきて、一部のギャラリーはずぶぬれになりながら、出発式まで待っていた。

銀河鉄道999デザイン電車から降りた後、豊島園駅構内を見て回る作者の松本零士氏。

今回は、おなじみのあの格好で登場した。

ぶれてしまったが、間近で見られたのでよかった。なお、ここで軽く会釈はした。

12:07頃に出発式が始まる。開始15分前には人だかりができていて、まともに動けない状況であった。

45分前にここにきて正解だったと思う。初代のときより人だかりがすごかった記憶があったので・・・。

松本零士氏からも3分ちょっとの間ではあったが、出発式でお話もされた。

お話が終わった後、後ろに下がる松本零士氏。車掌と絡めてツーショット。

テープカット前のワンシーン。メーテルとキャプテン・ハーロックのコスをした人から、松本零士氏にテープカット用のハサミが手渡されているところ。

そして、いよいよテープカット。左側から練馬駅管区管区長、鉄道本部長、松本零士氏、練馬区長(だったっけ?)の順に並んでいる。

と、その前にわいのほうを向いてくれたところをしっかりと撮影。たぶん、松本零士氏が一番わいの方向に顔を向けていたと思われる。

そして、いよいよ本当のテープカットが始まる。体勢は整った。

テープカットの最中にとった写真。練馬駅管区管区長と松本零士氏が少し遅れてテープカットをする

そして、無事にテープカットが完了。まわりのフラッシュの力で明るく撮影することができて満足であるw

ちなみに、テープカットの後、松本零士氏の旧友であり、マンガ家でもあるちばてつや氏も見えられていたようであったが、そのときにはもう乗車準備に入っていたため、撮影することはできなかった。

2代目銀河鉄道999デザイン電車一発目の運行は、豊島園発池袋行の直行臨時電車であった。

豊島園12:32発→池袋12:49着というダイヤであった。ちなみに、実際の運行は、発車・到着ともに1分延での運行となった。練馬で運転都合上の運転停車、東長崎で特急電車通過待ちおよび普通列車の待ち合わせを行っている。

東長崎の前後で5分少々ではあったが、松本零士氏による車内放送が行われた。

なお、今回、1号車側は3ドア目より先の部分が、関係者以外立ち入り禁止となっていた。8号車側はわからなかったが・・・。

初代銀河鉄道999デザイン電車のときとは違って、オープンさがなかったので、なんだかなあという印象を受けた。

これなら規制線じゃなくて、まだブルーシートとか養生シートをかけてくれたほうが親切だった気がする。(あくまで個人的感想)

なんとか、隙間から松本零士氏を撮影できた。これは、椎名町を通過しているところのシーンである。

1号車側の先頭部で車掌と松本零士氏が並んでツーショット。ひとだかりがすでにできていたのもあって、上からのアングルで精いっぱいであった・・・。

その後、いったんドアがしまったものの、非常ドアコックを使い、このドアだけ開ける配慮がなされた。

そして、マスコミから取材を受けている松本零士氏を撮影する。

その後、2代目銀河鉄道999デザイン電車は、臨時西武球場前行きとして運行。池袋13:07発→西武球場前13:45着(途中大泉学園で客扱い。13:20着。13:23発。当初の時間より延発となっている)というダイヤであった。

なお、大泉学園のほか、保谷で乗務員交代のため停車、所沢・西所沢で時間調整のため、運転停車を行っている。

西武球場前行きの1号車規制線内の様子。マスコミの数が減ったということもあり、少しは見通しがよくなった。

松本零士氏も引き続き大泉学園まで乗車し、前面展望かぶりつきを楽しまれておられたようである。(写真でいうと乗務員室扉の右側にいる)

大泉学園駅に入線するときのシーン。2代目銀河鉄道999デザイン電車は、力強い警笛を鳴らしながら入線した。

左側には横断幕を持った人々が立っていた。

右側には銀河鉄道の駅員コスしてた人らもいた。

てか、こんな感じだったっけ? 記憶にないぞ。

大泉学園発車時の一コマ。わいの手持ちの初代銀河鉄道999デザイン電車の模型を持ちながら記念に撮影した。

松本零士氏は、この大泉学園駅で下車し、手を振って2代目銀河鉄道999デザイン電車を見送った。

13:45定時に西武球場前に到着した2代目銀河鉄道999デザイン電車。14時~17時まで車両展示が行われた。

なお、わいは車両展示会に参加せず、そのまま帰った。ぶっちゃけいつでも見られるから、展示会に行く必要がなかったというのもある。

西武球場前にたたずむ2代目銀河鉄道999デザイン電車。

【わい的な感想】

<車両について>

Twitter上で、賛否両論はあるものの、2代目銀河鉄道999デザイン電車についてもしばらくたてば、なじんでくるのではないかと思う。

キャラのバリエーションが増えたというのも、個人的には高評価である。

でも、かっこよさは初代のほうがかっこいいかな?

<イベントについて>

はじめに断っておくが、展示会については参加していないのでそこでの感想は省略させていただく。

出発式~西武球場前到着までおおきな混乱などは発生しなかったものの、個人的に以下のような感想を述べておく。

  • 出発式のときに規制線より内側に入って撮影するマスゴミ関係者も数名見受けられた(許可をとってるなら別だけど、事前の説明では一般・マスゴミ問わず、規制線の外側であれば自由に撮影していいとのことだった)。なんか割り込みをされた気分で不愉快な印象を受けた。
  • 臨時電車に関係者以外立ち入り禁止の規制線がはられたが、少なくとも、池袋行については、立ち入り禁止区域をブルーシートなどで被うべきであった。関係者の壁を見たいわけではない。
  • 大泉学園駅での演出は、まあいいんじゃないかと思った。
  • 撮り鉄ヲタ(特に駅撮り)の人たちで一部危険な撮影を行っている者が見受けられた。
  • ただ、イベントの演出自体は、初代のほうが好きだったかなと。

<今後について>

今後、2代目銀河鉄道999デザイン電車は、10/16に豊島園駅で展示されるほか、11/5の西武トレインフェスティバルにおいても臨時電車として運行ならびに会場展示が予定されている。

また、2代目銀河鉄道999デザイン電車は、基本的に池袋線系統での運行となるが、今後、新宿線系統においても、時折走ることが予定されている。

走る期間は2019年3月末までということだそうだ。機会を見つけて、少しずつ記録していきたいと思う。実は、初代は意外に記録が残ってないのよね(汗

沿線住まいだと結構油断するので、記録したい方はこつこつと記録しておくことをお勧めする。


(追憶)銀河鉄道999デザイン電車<初代>デビュー時の様子

<写真撮影日:すべて2009年5月1日>

今回、タイトルに今昔物語とつけたのは、実はこれを載せるためである。

銀河鉄道999デザイン電車<初代>は、2009年5月に、3000系電車(現在はすべて引退)の3011編成を種車にして、誕生した。

3011編成は1985年に、今はなき西武所沢車両工場にて製造され、池袋線系統に配置。後年、新宿線系統に転属した後、30000系と入れ替わる形で再び池袋線系統に返り咲いている。

2009年2月の定期検査出場時に、すでに銀河鉄道999デザイン電車にするための準備がなされていた。実際のプレスリリースが発表されたのはもう少し後だったが、企画自体はその前から決まっていたといえる。

西武鉄道におけるラッピング電車の先駆け的存在となり、のちにL-TrainやRED LUCKY TRAINなどのラッピング電車が登場する契機となったといっても過言ではなかろう。

豊島園駅へ送り込み回送される銀河鉄道999デザイン電車<初代>を所沢駅にて撮影する。

池袋方の先頭車はメーテルが描かれていた。

初代は、青色ベースでラッピングされていたが、もともとの色である車体の黄色を活かして、メーテルの髪がなびいているのも特徴的であった。

飯能方先頭車を後追いで撮影。車掌が描かれている。

このころの所沢駅は、新駅舎の話すらまだ出ておらず、昔ながらの所沢駅の雰囲気を出していた。

わいの頭の中にある所沢駅はここで止まっている(ぉ

その後、練馬で撮影をして、豊島園駅に向かった。

豊島園駅の改札横ではペーパークラフトの配布が行われていた。横では有紀蛍(やったっけ?)が立っていた。

駅にあったポスター。1時間ほど展示されるとともに、11:30以降にお披露目式が行われた。

臨時改札口にはアルバイト駅員が配置され、きっぷの精算業務を行っていた。

現在は、車いす対応お手洗ができた関係で臨時改札口まわりが変化している。

余談だが、当時の豊島園駅は池袋駅管区の管理下にあった。(現在は練馬駅管区の管理下)

臨時改札付近で、車掌とメーテルがスタンバイ。なお、現在のこの場所は車いす対応のお手洗に変化している。

助役や池袋駅管区副管区長、そして本社の人間が打ち合わせしていた。

そして、メーテルが抱えられている。

豊島園駅の当務駅長(駅務係長)と助役の二人がかりで車掌を運んでいる様がこちら。

その後、駅構内のお手洗に至る通路で到着を待った。

銀河鉄道999デザイン電車<初代>が、豊島園駅に到着した。

洗面所通路のところから撮影したもの。

お手洗横から撮影を試みる。こんなに間近で撮影できるのも豊島園駅ならでは。

その後、お披露目式会場へ向かう。

合間から車掌とメーテルを撮影する。

ついでに横からも撮影する。先日も晴れていればこの場所で行われていたと思われる。

臨時電車の担当運転士・車掌が、車掌とメーテルの横に立ち敬礼している様子。

豊島園駅の当務駅長(駅務係長)<右>と助役<左>が巡回中。

制帽をよく見ると、金色の線が入っているのが助役で、銀色の線が入っているのが、駅務係長。ご存知でした?(大半の人は知らないからw)

当時、松本零士氏は、まさかの一般電車から降りられて登場した。

管区長と同じ服装をしての登場であった。

園児たちやギャラリーが見守る中、車掌とメーテルの間に立って、松本零士氏がお話されている様子。

この当時は、まだ物々しいというか、規制線すらろくに張られなかったと記憶している。

松本零士氏をアップで撮る。管区長の制帽は金色の太い帯2本入っているのが特徴。管区長は現場でも雲の上のような存在だ。

先日の話の内容と、この当時の話の内容はそんなに変わらなかったかな。多少は言い回しが異なるとは思いますけど・・・。

お話が終わり、一礼する松本零士氏。

その後、池袋行の臨時列車に乗りこんだ。

臨時電車の車内。当時は、先日みたく、規制線なんてものはなくカオス状態であった。

そんな中、人込みをかき分けて、松本零士氏が向かった先は・・・。

そして、西武鉄道関係者が脚立を持って登場。まさか・・・?

マスコミのカメラがとある方向に集中。これから何かが始まろうとしている。

松本零士氏が何かを書いていらっしゃるようだ。その内容とは?

なんと、直筆サインを書かれていた。わいの記憶上では西武鉄道の電車内に公式にサインを残すのは、松本零士氏が初めてではなかろうか?(2回目の例はタモリ倶楽部のタモリ電車クラブの面子一同によりサインがかかれている)

書きたてのサインを撮影する。これはいいものを見させていただいたぞ。

池袋行の車内では、乗務員室から松本零士氏がマイクを通して、お話されていた。

まさにベテラン車掌そのものに見える。

これ知っていると、先日の臨時電車内のアレの評価がどうしても下がってしまうんですよね。

そして、豊島園から10分ほどで池袋駅に到着する。

人だかりができてしまったので、後ろから手を延ばして池袋駅管区管区長と松本零士氏のツーショットを撮影した。

初代銀河鉄道999デザイン電車と松本零士氏のツーショット。

幕は狙って撮りました(ぉ

池袋駅で3000系同士の並びが実現。偶然なのか、仕向けたのかは不明だが、粋な演出であった。

池袋駅管区管区長とともに初代銀河鉄道999デザイン電車を見送る松本零士氏。

その後、初代銀河鉄道999デザイン電車は、急行飯能行として運行され、沿線で注目を浴びながら飯能まで走り切った。

なお、わいは仏子駅で降りた。その理由とは・・・?

飯能まで運行された後は、仏子駅の中線にて、しばらくの間展示された。

そのため、あえて仏子駅で降りたというのもある。

ここで、側面写真などを思う存分撮影した後、小手指に戻った。

仏子から回送される初代銀河鉄道999デザイン電車を撮影。

小手指車両基地に入ろうとする銀河鉄道999デザイン電車<初代>。右側にいる6000系は、当時副都心線非対応車だったため、左窓上に「Y」というシールを貼って、区別がなされていた。

小手指車両基地に入る銀河鉄道999デザイン電車<初代>。これにて当時のデビュー記録の撮影は終えた。

当初は2009年5月から2013年4月まで4年間運行予定であった初代銀河鉄道999デザイン電車であったが、好評を博したことから、期間の延長がなされ、2014年12月の「さよなら銀河鉄道999デザイン電車イベント」の運行をもって引退した。

なお、引退当時は仕事のため、記録できなかったのが悔やまれるところだ。

引退後、廃車となり、大部分が解体されてしまったが、クハ3012・モハ3212・クハ3011の3両が横瀬車両基地に保存された。

ほかの保存車が1両のみに対し、3両保存という異例の待遇を受ける形となった。

西武3000系電車は、登場当時新性能電車であり、当時の事情に即していたにも関わらず、平成時代に入ってから、その仕様(3ドア車の8両固定編成)が災いし、あまりに使い勝手の悪い列車として有名になってしまった。

けれども、このさよなら銀河鉄道999デザイン電車の題材に抜擢されたことで、一躍注目の的になり、前述の通り、その後の西武鉄道におけるラッピング電車の布石として残した功績は大きいといえよう。


ということで、今回は銀河鉄道999デザイン電車復活に際し、初代と2代目の比較、ならびに両者のデビュー当時の写真などを交えて、記事を書かせていただきました。

2代目も初代みたく、期間延長ができるように末永い活躍を祈る次第です。

わいは、いつでも見られますのであれですが、銀河鉄道999ファンの皆様、是非とも西武鉄道におこしいただき、新しい銀河鉄道999デザイン電車に乗ってみてくださいね。

また、今度乗る機会があれば細かい記録ができればと思っております。

それでは、今回の記事はこれで終わりです。ありがとうございました。


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