こんにちは。北陸の食パンです。

まだまだ暑い状況が続いてますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。夏の間にブログ更新のペースをあげようと思ってたのですが、なんだかんだで忙しくてペースが上がりませんでした・・・。ネタがないわけではないですが、どれを選ぶかに時間かかってモチベが下がって、いざ記事を書くときにモチベが上がれど、書いていくうちに下がるの繰り返しですね・・・。どうにかしたいところですが。

それでは、ブログの本題に入ります。今回は「アイモバリアルグルメツアー」第四拾弾の記事をお送りします。もうそこまでいったかって感じですが、まだ半分もいってないんですよねえ。落穂拾いといえども先は長い長い。内容ですけれども、志賀高原/飯山エリアの「野沢菜漬け」を食べるために現地に行ってきました。

それでは、早速本題に入りましょう。

てか、ただでさえこのカテゴリー更新トロいのに、新型コロナウイルスの影響で取材もままならない状況に陥ってるし、いつになったら完結するのか全くわかんねえな。

アイモバにおける志賀高原/飯山エリアの野沢菜漬けの説明文は「お茶請けにピッタリの野沢菜漬け。色々な料理とも好相性☆体力が少し回復します。」と書いてありました。

野沢菜漬けといえば、長野の名物としてもっとも有名といっても過言ではないくらい全国的に有名なものです。

野沢菜漬けに使うノザワナ(野沢菜)は、アブラナ科アブラナ属の二年生植物。長野県下高井郡野沢温泉村を中心とした信越地方で栽培されてきた野菜なんだそうです。

野沢菜のルーツは、野沢菜の原種を生産する野沢温泉村健命寺の口伝によると、宝暦年間(1751~1763)に、当時の8代目住職の晃天園瑞和尚が京都遊学の折に、京都・大阪で名産の天王寺蕪の種を持ち帰り栽培をしたことがはじまりだとされています。

しかし、種子表皮細胞ほかに対する遺伝的研究の観点からいえば、上記の説に関しては否定的のようです。というのも、西日本で主流のアジア系(中国経由)と、東日本の山間地に多く耐寒性に優れるヨーロッパ系(シベリア経由)に大別されるそうで、持ち帰ったものがたまたまヨーロッパ系のものなのではということからみたいです。

確かに野沢温泉村周辺は長野の中でも有数の豪雪地帯ですので、耐寒性に優れるヨーロッパ系の方が育ちやすい環境であるのは間違いないと思います。

口伝によると温暖な西国育ちの天王寺蕪は、ここですっかり突然変異をおこし、野沢菜が誕生したとされていますが、江戸時代の鎖国時代においてもオランダとの貿易は行われていたので、なんかの拍子に京都に入ってきてもおかしくないとは思います。

まあ、伝説を否定しまくる気はないのですが、個人的に時代背景を考えれば少々苦しいかなって気はします・・・。

野沢菜が栽培され始めた江戸時代中期の頃から野沢温泉は湯治場として有名であり、大正時代ごろからスキー場が開設され、以後日本のスキー史とともに歩んでいる野沢温泉には、スキー客や、湯治客がたくさん訪れたそうです。

現在の野沢菜という名が定着したのもこの頃で、スキー場を訪れた都会のスキー客が蕪菜(当時の野沢菜の呼び名)の漬け物に感激して「野沢菜漬け」と愛称を付けたと言われています。

第二次世界大戦後には、野沢温泉には入り込み客が急増、またマスコミが食文化として野沢菜漬けを盛んに取り上げるようになり、全国各地に野沢菜は普及していき、信州の食文化として、今でも多くの人に愛される地位を築いていったわけです。

そういえば、この野沢菜漬けについてはツイートしてませんでしたね。ということで、もし、ツイートしてたら、おそらくこういうツイートをしていただろうという文章を即興で書いてみました。

「志賀高原/飯山エリアの野沢菜漬け。江戸時代から始まり、第二次世界大戦後には全国的に名が知られるようになりました。今では信州の食文化として、多くの人に愛されています。栄養面でもかなり優れており、健康志向の現代人にもぴったりの食べ物です。」

たぶん、これでimas505iタグ・アイモバリアルグルメツアータグ、画像を添えればほぼ140文字になるんじゃないですかね。きっと。(旧Twitter基準だと文章だけで117文字が限界ですので・・・。それにハッシュタグと画像のURLの文字数を加算して140文字って感じです)

いつも通りのお約束ですけれども、このブログにおけるリアルグルメツアーの紹介順は相変わらずランダムなので、そこのところはよろしくです。

今回はいつものアイモバリアルグルメツアーの構成とは違う構成でお送りします。というのも、今回は志賀高原/飯山エリアを走る飯山線の観光列車である「おいこっと」の乗車レポを兼ねた形で記事をお送りします。


(取材したのは2017年10月です)

時は3年前の秋。フォロワーでそこそこ付き合いのあるグッチさんとともに新潟・長野を列車で旅することになった。

初日はやまどりに乗り、渋川でDLみなかみ号に乗り換えて、水上へ。その後、普通列車に乗り継いで越後湯沢のぽんしゅ館で日本酒を楽しんだ後、越乃Shu*Kura(列車自体の名。当時越後湯沢発着のためゆざわShu*Kuraとしての運行)に乗った後、えちごトキめき鉄道・しなの鉄道・篠ノ井線を乗り継いで、篠ノ井にて宿泊する。

翌日、篠ノ井から長野に行き、長野から「おいこっと」に乗って十日町へと向かった。

おいこっと乗車レポ

ここでは、本編の「野沢菜漬け」のレポ前に、今回の記事の名脇役とも言える「おいこっと」について紹介していきたいと思います。

「おいこっと」は、東日本旅客鉄道(JR東日本)およびしなの鉄道が長野駅 – 十日町駅間を北しなの線・飯山線経由で運行している臨時快速列車で、2015年春から飯山線の観光列車として運行を開始しました。

「日本人のこころのふる里」を代表するローカル線といえる飯山線を走る列車として、訪れる人すべてに やすらぎと癒しを提供したいという思いをコンセプトに運転しています。

「おいこっと」の由来は、田園風景や川、山など日本人が思い描くふるさと(田舎)をイメージしていただくため、東京の真逆にあると言う意味でTOKYOの英語表記を反対(OYKOT)にし、幅広い層より親しんでいただけるように「おいこっと」とひらがなで表現したそうです。

「おいこっと」の簡単な概要は以下の通りです。

  • 使用車両:飯山線キハ110系「おいこっと」仕様車
  • 運転区間:長野〜十日町間(冬季は長野〜戸狩野沢温泉間)
  • 停車駅:長野・替佐・ 飯山・北飯山・戸狩野沢温泉・森宮野原・津南・十日町
  • 全車指定席(2両編成時76名)
  • 運転日:主に土休日の運転(詳しい運転日はこちらをご確認ください。)
  • 車内販売あり(おいこっとオリジナルグッズもあり)
  • おもてなしイベント(往路:野沢菜漬のふるまい、飯山駅での「おいこっとまるしぇ」復路:内山紙のおいこっとオリジナルしおり。その他駅や車内でイベントあり)
  • おいこっと車内では、沿線の木島平村出身の故・常田富士男さんのナレーションが流れる。(常田富士男さんは、「まんが日本昔ばなし」のナレーションを担当されていたそう)
  • 「おいこっと あてんだんと」というアテンダントの乗務あり
  • おいこっとオリジナル記念撮影ボードもあり。(「すげぼうし(藁帽子・藁頭巾ともいいます)」をかぶっての写真撮影も可能)
  • 車内モニタで、沿線の観光情報などを放映

※2020年9月現在、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点からおもてなしイベント以外の駅や車内でのイベント・おもてなしは当面の間開催を見合わせとなっています。

では、実際に「おいこっと」がどんな列車か見ていきましょう。

こちらが「おいこっと」です。飯山線の主力車両であるキハ110系の2両を改造し誕生しました。「おいこっと」運転時は、普段は2両編成で運転していますが、運用都合等により写真のように1両編成(単行)で運転する場合があります。

1両編成(単行)での運転はレアといえばレアなんですけれども、定員が2両編成運転時の半分になってしまうので、乗る方にしては大変かもしれません。

なお、「おいこっと」の列車の塗装はその他のキハ110系と色が違うので迷うことなく区別がつくかと思われます。

  

先頭の扉部分にあるヘッドマークを拡大して写したものです。「雪ん子」をイメージしたキャラクターと「おいこっと」を組み合わせて親しみのあるデザインにしたとのことです。

トイレ側から見た車内の様子です。通常のキハ110系とは違い、照明カバーの仕様や配置が違う他、車両中央部に沿線紹介のモニターが設置されています。

なお、「おいこっと」運転日以外は一般車に混じって定期列車として運行する関係上、つり革がズラリと並んでいます。

また、トイレの近くに車内販売する際のワゴンスペースと「おいこっと」乗車記念のスタンプがあります。

ちなみに、右側の2人がけクロスシート側が、千曲川を向く側になっています。

ロングシート側から見た車内の様子です。一般運用でも使う関係上、ロングシートもあります。もちろん、「おいこっと」運行時はロングシートも指定席になります(((

ロングシートとクロスシートの仕切り部分に「おいこっと」のアイコンがあります。

ちなみに一般運用で使うため、優先席もあります。

4人がけクロスシート部の様子です。テーブルは折りたたみ式となっており、2回展開することで写真のような展開状態になります。テーブルにはドリンクを置くためのくぼみが設置されています。

4人がけクロスシートはエンジ系統のモケットを採用しています。

2人がけクロスシート部の様子です。テーブルは折りたたみ式となっています。テーブルにはドリンクを置くためのくぼみが設置されています。

2人がけクロスシートはブルー系統のモケットを採用しています。

  

ロングシート部の様子です。ロングシートにもきちんとインアームテーブルが設けられており、クロスシート部と差がないような設備にはしてあります。(ただし、物を置いた時の安定性は、4人がけクロスシートの方が優秀)

「おいこっと」運行時は外れ席ですが、一般運用だったらまだいいのかもしれません。モケットに関しては、優先席部分は優先席専用のモケット、それ以外は4人がけクロスシートと同じ柄のモケットになっています。

ちなみに乗車当時、もう一方の「おいこっと」は一般運用の方に入っていました。多分、一般車の数が足りなかったからこうなったものと思われます。

なお、「おいこっと」運転日以外では、一般車と併結して定期列車に入るのが普通の光景となっています。

おいこっとでのおもてなし 野沢菜漬けをいただく

それでは、ここからが本題です。

「おいこっと」では、往路便(長野発)ご乗車いただいたお客さまに、おもてなしとして野沢菜漬のミニパックを配っています。信州にはお茶うけに漬物を出す慣習があり、「おいこっと」に関してもその慣習を踏襲しているわけです。

というわけで実際に「おいこっと」においておもてなしとして野沢菜漬けのミニパックを配られた時の様子です。つまようじ付きで配られます。

ちなみに写真の紙コップに関しては自前で用意したもので、野沢菜漬けを肴に酒を飲むために持参しました。なので、おいこっとに乗ったら自動的についてくるわけではないので、その点はご承知ください。

野沢菜漬けのミニパックの写真をアップしたものです。野沢菜漬けは、野沢菜の葉と茎を漬物にしています。

野沢菜の栽培は、9月に播種(ただし、野沢温泉村では8月下旬に播種する)し間引きを繰り返すが、間引いた苗はお浸しや浅漬け(当座漬け)として食されます。そして、成長した地上部は10月から12月にかけて収穫され、主用途である野沢菜漬けとなるわけです。

残された根からは、翌春の雪解後に芽が伸びるので、これを収穫し野菜(とうたち菜)として利用されるほか、新たに種を蒔いて春菜、うぐいす菜を育て浅漬けとして利用し、地上部はさらに成長して5月に開花し、6月に種子の採取が行われるそうです。故に野沢菜は、ほぼ1年(厳密にいえば10ヶ月ですが)に渡って色々な用途に使われるというわけですね。

野沢菜漬けの作り方として・・・

  1. 11月初めから半ばにかけて畑で根(蕪)を切り落としてから共同浴場で「お菜洗い」をする。(お菜洗いは外湯の中でやり、1メートルほどもある野沢菜を丁寧に洗う)
  2. 大きな木の桶(一石桶)で漬ける。(各々の家伝の教え通りに大量に漬けるのが普通とされる)
  3. 年が明けて、あの雄壮な日本3大火祭りの1つ「道祖神祭り」(1月中旬)がはじまる頃には、美味なる野沢菜漬け(お葉漬け)が味わえるようになる。

大まかではありますが、2ヶ月ほどかけて野沢菜漬けができるというわけですね。

野沢菜漬けは、寒冷な環境で製造・保存されるため、発酵はあまり進まず、臭いは少なめであっさりした味わいなのが特徴です。逆に常温で放置しておくと急激に軟化して歯ざわりが変化し酸味が増してしまいます。だからこそ、保管には低温を維持する必要があるわけです。

では、いただきましょう。野沢菜漬けのあっさりした味は、わい好みの味で好きですね。最近は食べる機会も減ってきてるので、久々に食べたくなってきましたね。

野沢菜漬けは、茶受けや酒の肴として広く好まれますが、そのまま食べる以外にも・・・

  • 炒め物や炒飯に用いる
  • 細かく刻んで納豆に薬味として混ぜる
  • おにぎりやおやきの具材として使う
  • 酸味が強くなったものは、醤油・砂糖・油で炒めて「佃煮風」にして食べる

など広範囲に応用された利用法があります。いろんな食べ方があるという点では万能な食べ物と言えるでしょう。

参考までに現地で食べられている主な野沢菜漬けの種類や食べ方を紹介します。

一番間引き・・・野沢温泉では「鯛の刺身よりうまい」と言って珍重されています。種を蒔いてから5〜6日後に間引きしたものを麻釜で湯がいたりして食べます。

浅漬け・・・共同浴場でのお菜洗いが終わり、水をよくきったらいよいよ漬け込みが開始されます。母から娘に、姑から嫁に伝えられた方法で昔ながらの「一石桶」に漬け込まれた野沢菜は各家庭で味が異なっており、味が定まったものではないというのが特徴です。浅漬けとは漬け込んだばかりのもので、青々としていてシャキシャキの歯触りで人気です。一般的に食べられている野沢菜漬けはいわゆるこれです。

本漬け・・・本格的なスキーシーズンを迎える12月中旬になると食卓に上がります。浅漬けとは違い、べっこう色をしていて、丸みのあるやわらかさと深い味わいになっているのが特徴です。一番美味しい食べ方は、一度に食べる分だけその都度、漬け樽から取り出してすぐ頂くという食べ方です。というのも、空気に触れるとたちまち酸化が始まってしまい色や味が落ちてしまうからです。それだけデリケートという証拠でもあります。根に近い茎のところが歯ごたえもあって最高においしいといわれています。

時漬け・・・野沢温泉で食べられる特有の食べ方で野沢菜の切り漬けのことをさします。作り方は、野沢菜を洗い、葉の部分をちぎり落として少なくしたものを刻み、塩こんぶと唐辛子を混ぜて漬けダレを入れて軽く重石をし、涼しい場所に置くとできます。

野沢菜炒め・・・酸味が出てきた頃の野沢菜漬けを、野沢菜いためにする食べ方です。酒のつまみに、ごはんのおかずに、またお茶漬けにしても美味しいそうです。

野沢菜の酒粕煮・・・野沢菜は漬けはじめてから2ヶ月ほど経つと乳酸菌発酵により酸味が出て食べ頃になりますが、それより長くなると味が次第に落ちていくので、それを見計らって酒粕煮にしていただくものです。酒粕煮に関しては、酸味が強いほど美味しいそうです。普段食べる浅漬けや本漬けとはまた違う逸品なのだそうです。

いろんな食べ方がありますね。中には初めて見る食べ方もあって参考になりました。

野沢菜漬けの生産に関しては、元来農家の自家用栽培が大半を占めており、一部が八百屋を通して非農家に販売されるに過ぎない物でした。しかしながら、昭和40年代以降の観光ブームとともに消費が増えていくと、野沢温泉周辺の生産だけでは追いつかず、その打開策として野沢菜の栽培自体を県内はおろか北海道から九州まで栽培するようになり、年中供給できるように工場で大量生産するようになり、現在に至るわけです。

また、野沢菜漬けは健康や栄養面においても優れています。その証拠をいくらかあげておきたいと思います。

  • 栄養素が豊富でガン予防にも優れた食品ということが研究発表されている
  • ニトロソアミンという発ガン物質を抑えるのに十分のビタミンCが含まれている
  • 野沢菜漬けは1g中60mgものビタミンCが含まれており、これはどの漬物よりも高い数字。参考までにナスの漬物は6mg、キュウリの漬物は13mgなのでずばぬけて高い。
  • ビタミンAに代表されるカロテンが多く含まれており、抗発ガン作用、免疫賦活作用がある。
  • 野沢菜漬けは、ヨーグルトと同じ乳酸菌発酵食品である。
  • 乳酸菌発酵なので、野沢菜漬は成分が減らず、むしろ漬けた方が成分がある。
  • 神経や筋肉細胞の活動を活発にし、骨の構成要素に必要なナトリウム、カリウム、カルシウムが豊富で現代人の食生活には欠かせない食物繊維、亜鉛が含まれている。(亜鉛は、細胞や組織の新陳代謝に関わる酵素の成分となるミネラル。不足すると、毛髪が抜けやすくなる、皮膚や胃腸の障害、風邪を引きやすくなるなどの症状のほか、味覚障害に陥ることもあるとか・・・)

このようにいろいろな栄養素が豊富な野沢菜漬けは伝統食でもありながら、健康志向の現代人にもぴったりの食べ物ともいえます。だから、全人類野沢菜を食べましょう。(比喩とはいえ全人類は流石に言い過ぎな感はありますが、でもそれだけ最高の漬物という証でもあるわけです)


ということで、アイモバリアルグルメツアー第四拾回目、志賀高原/飯山エリアの「野沢菜漬け」のレポートをお伝えしました。

第二次世界大戦後、とりわけ高度経済成長期以降に全国的に有名になった野沢菜漬けですが、その歴史は遡ると江戸時代から始まり、世代を受け継いで発展し、古来からの湯治場であり、20世紀に入り冬のリゾート地ともなった野沢温泉の地の利を生かして現在の地位を築いたとも言えると思います。

まさに漬け物界の王者といっても過言ではない野沢菜漬けは、今後どのように発展していくのでしょうか。楽しみですね。

そして、今回は「おいこっと」の乗車レポ込みの内容であったため、おそらくアイモバリアルグルメツアー史上一番長い記事になったのではないかと思います。多分ですが・・・。

さて、次回のアイモバリアルグルメツアーは、関東に戻りまして秩父/長瀞エリアのアイテムを取り上げたいと思います。

あまり過度な期待はなさらずにお待ちくださいね。